米国政府は新型コロナワクチンの知的財産権を放棄することができるか? —TRIPS協定下での新型コロナワクチンの知的財産権関係者の権利義務免除の可能性に関する考察

「ゴールデン・ウィーク」が終わったやいなや、多くのポータルサイトは一斉に、「米国が新型コロナワクチンの知的財産権特許を放棄することを選択した」、「米国政府が新型コロナワクチンの知的財産権特許を放棄」等のニュースを掲載し、トップニュースとしてすぐさま大きな注目を集め、波紋を広げていた。そのような正しいようであるが、実は間違っている見出しを見ると、知的財産権分野に従事する筆者らは、「百度とグーグル」紛争が発生した当時の情報の便利さと正確さを懐かしく思う。競争がなくなると、これらのポータルサイトがプロフェションナルな見出しを作ってくれることを期待することさえ、贅沢なこととなっている。「知的財産権」という用語を使用することもできるし、「特許権」という用語を使用することもできるが、「知的財産権特許」という重複した表現を使うと、筆者としては、とても慣れないである。
2021-07-15 17:34:21

「ゴールデン・ウィーク」が終わったやいなや、多くのポータルサイトは一斉に、「米国が新型コロナワクチンの知的財産権特許を放棄することを選択した」、「米国政府が新型コロナワクチンの知的財産権特許を放棄」等のニュースを掲載し、トップニュースとしてすぐさま大きな注目を集め、波紋を広げていた。

そのような正しいようであるが、実は間違っている見出しを見ると、知的財産権分野に従事する筆者らは、「百度とグーグル」紛争が発生した当時の情報の便利さと正確さを懐かしく思う。競争がなくなると、これらのポータルサイトがプロフェションナルな見出しを作ってくれることを期待することさえ、贅沢なこととなっている。「知的財産権」という用語を使用することもできるし、「特許権」という用語を使用することもできるが、「知的財産権特許」という重複した表現を使うと、筆者としては、とても慣れないである。

 

尚、一部の国内外で信頼度の高いマスコミはその報道及び記事に、「米国が新型コロナワクチンの知的財産権特許を放棄した」という重複した表現を使用していないが、「米国政府が新型コロナワクチンの知的財産権を放棄」「米国が新型コロナワクチンの特許権を放棄」等の見出しを使っていることは誠に残念なことである。情報の正確性が欠けており、公衆に誤解させる恐れがある。

 


一、新型コロナワクチンの特許権者は特許権を完全に放棄することができない


 

○○政府が知的財産権特許を放棄した」等の報道は、常識及び法律規定に合致せず、ニュースの真実性原則に違反している。

 

まず、米国等において、新型コロナワクチンに関する知的財産権(特許権を含む)は通常、民間の製薬会社が所有している。法的視点から見れば、政府は知的財産権を保護する義務がある。元々所有していない知的財産権を放棄することができず、民間企業に知的財産権の放棄を求める権利もない。知的財産権放棄を宣言できるのは米国政府ではなく、知的財産権を所有している製薬会社である。

 

米国政府の関係者はこの件について、どのように述べているかを見てみよう。

米国通商代表部のキャサリン・タイは5月5日(水曜日)午後、新型コロナワクチンに関連する「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)」の保護条項の適用を免除することを米国政府が支持すると発表した。

タイは「これはグローバル的な危機である。新型コロナウイルスのパンデミックに伴う特別事態は、我々に非常措置の講じを求めている。米国政府は知的財産権の保護を強く信じているが、パンデミックの終息のために、新型コロナワクチンの知的財産権保護を放棄することを支持する。WTOの枠組下で、この目標を実現するために必要な関連文書交渉に積極的に参加する」と述べた。

 

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米国通商代表部は、新型コロナワクチンの知的財産権の保護放棄について交渉することを支持すると表明した。世界貿易機関(WTO)の枠組み下で、コロナワクチンに関連したTRIPS保護条項適用の免除問題が交渉されることを提案している。米国政府が民間企業に代わって、知的財産権を放棄したわけではない。

 

第二に、常識的に考えると、製薬会社が莫大な資金と労力を費やして得た新薬の特許を放棄することはありえないことである。一定の期間において、無料又は低価格で(任意又は非任意で)他人にワクチン特許の使用を許可することあるとしても、製薬会社が完全に特許権を放棄することはない。

下記の事例から見れば、製薬会社は特許権の強制実施許諾に強い抵抗があり、特許権を放棄させることは困難であることが分かる。

 

2001年9月11日、「同時多発テロ」が発生した後、米国で炭疽菌事件が発生した。その治療薬のチプロはドイツのバイエル社が所有している。米国は、特許を所有しているバイエル社に強制実施権を発動することを脅し、値下げを要求した。結局、バイエル社はチプロの価格を50%近く値下げした。隣のカナダも、最初に強制実施権を発動しようとしたが、バイエル社から強い反発を受け、取り消しになった。最終的に、同じく50%の値下げを実現した。

 

上記のように、特許の強制実施許諾さえ、製薬大手会社から強い反発を受けているので、特許権を放棄させることは更に困難であろう。

 

尚、法的視点から見ると、条約も法律であり、TRIPS協定及びパリ条約等には、特許権保護、特許権の強制実施許諾制度、加盟国の義務が明確に定められている。その後、TRIPS枠組み下で、ドーハ宣言等の国際協定【2】、【3】、【4】は、生命健康権が特許権保護より重要であるという原則を確定している。然しながら、いずれの協定も特許権者に特許権を完全に放棄させるという条項を設けていない。

 

つまるところ、WTOの枠組下でTRIPS協定を改正し、新型コロナワクチンの知的財産権の保護義務の免除について交渉をするということが、米国の通商代表の発言の真意である。


 

二、TRIPS協定の枠組下で、新冠ワクチンの特許権に関連する主体の保護義務が免除される

 


新型コロナワクチンの知的財産権は主に、特許権を指しているが、企業秘密等が含まれる可能性もある。以下では、主に特許権の義務免除について分析する。

 

TRIPS協定第73条は、安全保障の例外事由として、加盟国の根本的な安全上の理由に基づき、保護義務を免除できると規定している。今まで、この条項を引用して、自らの義務を免除した加盟国が存在しないので、本稿では、この点について分析することを省略する。

TRIPS協定の第31条は、権利者の許諾を得ていないその他の使用、いわゆる特許権実施の強制実施許諾について、規定している。強制実施許諾は、特許権者の特定権利を一時的に制限することができるので、関連主体の保護義務が一時的に免除されることになる。

 

TRIPS協定第31条の二。世界貿易機関(WTO)加盟国が「ドーハ宣言」【2】等の多国間協定【3】に基づき、TRIPS協定を改正した条項【4】であり、特に公衆健康目的の薬品輸出について特許権強制実施を発動し、関連主体の義務を一時的に免除することができると規定している。

 

1、TRIPS協定は、薬品特許の強制実施制度が規定されている。総合的に見ると、医薬品(ワクチンを含む)の特許強制実施が認められる理由には以下の通りであるが、これらに限らない。

(1)、特許の不実施又は不完全実施。

(2)、独占行為。

(3)、非常事態と公共利益の目的;

(4)、公衆健康の目的。

上記(4)は、医薬品特許強制実施の発動の理由になる。

 

TRIPS協定第31条と第31条の二に基づくと、特許強制実施が発動された場合、特許権者が他人に特許(製造、販売、販売許諾、輸入)を実施させない権利が一時的に制限される。

 

然しながら、制限される範囲は、強制実施許諾事由によって異なる。それに応じて、強制実施許諾が与えられた特許使用者に許容される実施形態、範囲も異なる。

 

上記(1)(3)の理由によって、強制実施許諾が与えられた場合、特許使用者の実施範囲は主に国内市場に限定され、原則として輸出が認められないが、並行輸入の権利は排除されていない。

 

上記(2)の「独占禁止法」によって、強制実施許諾が与えられた場合、特許使用者の実施範囲が明確的に定められない。然しながら、関連法律に基づくと、司法又は行政手続を経て、確定された独占行為の市場範囲と関連性を有する必要がある。

 

(4)の公衆健康の理由に、強制実施許諾が与えられた場合、特許使用者が生産した薬品は薬品製造能力が欠如又は不足している国や地域のみに輸出することができる。後発開発途上国及び如何なるTRIPS理事会に特許強制実施を望んでいることを通報した開発途上国を含む。後発開発途上国を除き、輸入国は、必要な医薬品の生産分野の製造能力が欠如又は不足していることを証明する必要がある。当該医薬品がその地域で特許権が付与され、強制実施許諾を与えた又はその計画があることを証明する必要がある。

 

公衆健康の理由で強制実施許諾が与えられた使用者が、世界貿易機関(WTO)の確定された開発途上国又は特定の開発途上国が多地域協定の加盟国である場合、その製造、輸入した特許強制実施された医薬品を公衆健康の問題を抱える特定の多地域協定の加盟国に輸出することができる。

 

TRIPS協定に基づくと、特許の強制実施許諾について、個々のケースによって検討する必要がある。強制実施許諾には期限がある。関係者が強制実施を決定した場合には、特許権者に合理的な経済的報酬を与えることが明確に定められている。特許権者は、強制実施許諾の決定と経済的報酬の決定に対し、司法又は行政による法的救済を受ける権利がある。

 

TRIPS協定の枠組み下で、特許権の強制実施が実現されたことがある。ブラジル、インド、南アフリカ共和国、タイ等の製薬能力を有する発展途上国は、特許医薬品に対すし、強制実施を発動したことがある。また、特許の強制実施を計画していることを武器に、薬品の値下げの目標を実現した。これらの国が製造したジェネリック医薬品の一部は、国内の需要を満たすだけでなく、その他の国にも輸出されている。ブラジルとインドは「発展途上国の薬局」と呼ばれている。

 

2、TRIPS加盟国は新型コロナワクチンについて、国内法に基づき特許の強制実施を発動する権利があるが、効果的な新型コロナワクチンを入手する最善策ではない。

 

TRIPS加盟国はTRIPS協定と国内法に基づき、実際の状況を踏まえて、新型コロナワクチンを含む特許医薬品の強制実施を発動することができる。発動の理由としては、公衆健康、非常事態、公益目的等が挙げられる。

然しながら、世界的に新型コロナが流行している中、特許の強制実施を発動することは安全で効果的な新型コロナワクチンを入手する最善策ではない。

第一に、特許の強制実施許諾及び限定された使用料は、製薬会社によって反対されがちである。

製薬会社は、法的救済手段を尽くして強制実施を妨害し、限定された使用料に反対する傾向がある。TRIPS協定第31条の(i) (j)は特許権者に法的救済を求める権利を与えている。法的救済の手続に、かなりの時間を要するため、間に合わないである。

 

更に重要なことは、医薬品製造技術には、公開されている特許、特許出願だけでなく、優れた製造工程や薬品成分等の企業秘密も含まれている可能性がある。特許の強制実施許諾では、製薬会社にこれらの非特許技術を放棄させることができない。インドやブラジルのような後発医薬品がなかなか先進国のブランド薬のように効かないは、強制実施許諾による影響も排除できない。

 

mRNAワクチンの場合、製薬企業が所有している知的財産権は特許以外にも、未公開されている重要な非特許技術を持っている可能性が高い。

 

ファイザー/ biontech、モデルナ等の製薬会社はmRNAワクチンの先進的な製造技術を公開すると、原材料の争奪、不足を生じる可能性があると懸念する人もいる。ジェネリック薬品製造会社が、最先端技術の掌握に先天的に不足しているので、mRNAワクチンの性能を大幅に引き下げ、その安全性を保障できない恐れがある。つまり、悪貨が良貨を駆逐することになり、かえって、公衆の健康に影響をおよぼす恐れがある。そのような憂慮も一理がある。

 


三、WTOの枠組下でTRIPS協定を参照して、各当事者は当該協定を改正することを通じて知的財産権の義務免除を達成する見通し


 

公衆健康を保護するために、新型コロナワクチンの入手可能性について、WTOの枠組下で、加盟国が広範な知的財産権保護義務の免除協定を締結することは、問題解決の最良の方法であると考えられる。このような合意は、特許権以外の知的財産権にも適用できるので、従来のTRIPS協定下で、特許強制実施を発動するという弊害を回避できる包括的な解決策である。

 

1、米国通常代表部の公式声明の前に、関連提案、協議が既に始まっている

インドと南アフリカは昨年10月、新型コロナの流行状況を考慮し、新型コロナに関する知的財産権を一時的に開放すべきであると提案した。

今春のインドにおける新型コロナの大流行を受け、バイデン政権はコロナワクチンの知的財産権の一時的に免除することを検討し、医薬品メーカー、WTO等と協議を始めた。

2、WTOの枠組下で、TRIPS協定に基づき、義務免除協議を達成することは、理想的ではあるが、見通しが不透明である

 

各国は米国政府が新型コロナワクチンの関連知的財産権の保護を放棄することを正式に提案したことに異なる態度を示した。ファイザー等の製薬会社、世界製薬企業協会、日本、ドイツ、スイス、欧州連合は反対している…;世界貿易組織、TRIPS理事会、南アフリカ、インド、フランスのマクロン大統領は支持している…。

 

パンデミックの現実的な脅威に直面している中、交渉を通じて、知的財産権の放棄を実現しようとすることは前例のないことである。世界貿易組織WTO、TRIPS理事会、世界衛生組織WHO 、世界知的財産権組織WIPO、製薬会社、各国政府等、さまざまな利害関係者が関与している。

 

交渉当事者の経済的利益及び政治的計算、公共倫理、人道、良心等が複雑に絡み合っているため、そう容易く達成できることではない。合意を達成できる見通しは不透明である。そのカギを握っているのは、新型コロナワクチンの先進的な製造技術を所有する製薬会社と現地政府である。

 


四、結び

 


新型コロナワクチンの知的財産権は、広い意味においては人類の公開財産であるが,法律上では個人財産に該当する。善意を持って交渉を通じて合意することができれば、公衆健康のために最大限に活用することができる。

 

インドでは新型コロナの感染拡大を長期間、抑制できないことによって、深刻な変異が発生している。ウイルスの変異が、既存のワクチンの有効予防範囲を超えた場合、現在ワクチン接種をリードしている国も、安全を保つことはできない。ワクチン接種スピードが感染拡大のスピードを追いつき、その蔓延を阻止することが非常に重要である。このような共通認識が、世界各国による新型コロナワクチンの知的財産権開放協定の早期達成を促し、ドーハ宣言の保護範囲を超え、全ての人の健康、福祉に大きく貢献することを期待している。