北京旋極情報技術株式有限会社(旋極社)と深圳市朗科科技株式有限会社(朗科社)との特許紛争に対し、2020年4月9日、広西壮族自治区高等裁判所は、一審判決を撤回し、朗科社の全ての請求訴訟を棄却する(2018)桂民終720号「民事判決」を下した為、旋極社は二審での勝訴を勝ち取った。本件は、朗科社がUSBメモリに関わる特許紛争で唯一、負けた訴訟である。
朗科社は1999年11月14日に、USBメモリに関する特許を出願した。発明名称は、「データ処理システムに使用されるフラッシュメモリ式外部記憶方法及び装置」である。出願番号は99117225.6であり、権利授与公告日は2002年7月24日である。特許保護期間は2019年11月14日に満了しているが、同社が、20年間に亘り、当該分野を制覇した伝説はきっと語り続けられるであろう。筆者は旋極社の代理弁護士として、USBメモリに関わる特許訴訟において、朗科社の不敗神話を破った。本稿では、今回の紛争事件の審理における司法理念の進歩及び関連技術問題について、読者と分かち合いたい。
一、朗科社のUSBメモリは誕生後、高く評価されてきた
1989年、東芝は国際固体電子回路学会で、NAND型フラッシュメモリを発布した。「低コスト」、「記憶効率が高い」、「迅速に消去できる」、「繰り返し書き込むことができる」等の特徴があるので、メモリカードのような大容量記憶装置に適している。フラッシュメモリ(flash memory)は、何度も繰り返し書き込みができる不発揮性記憶素子の半導体メモリであり、その技術は成熟してきている。
1998年、コンパック(Compaq)、インテル(Intel))、マイクロソフト(Microsoft)、NECの四つの大手会社が共同で、「Universal Serial Bus Specification Revision 1.1」(「usb 1.1規範」)を発布し、ユニバーサル・シリアル・バス(USB)を従来のシリアルポート、パラレルポートとキーボードコネクター等に代わることを決定した。操作が簡単且つ便利なので、現在では、パソコン業界の標準規格となっている。
1999年、朗科社はUSBメモリに関する特許を申請し、USBコネクター(又はIEEE1394バス)とフラッシュメモリの特徴を生かし、「ファームウェア」と「単一ブロック」を通じて、データの保存、管理を実現し、広く注目を集めた。
2013年、朗科社のUSBメモリ特許は第15回中国知的財産権の最高賞である「中国特許金賞」を受賞した。国家知的財産権局が発布した「世界に影響を及ぼす特許」では、中国2 件、日本23件、米国6件、欧州19件、計50件の発明を選出した。そのうち、中国の二件の発明は、王選が発明した「漢字レーザー式写植機」と朗科社のUSBメモリであり、マウス、現金自動預払機、デジタルカメラ、モルス符号、自動車等と共にランクインされた。USBメモリ特許にこのような高い地位を与えているので、技術問題以外の要素が加えられ、無効宣告を請求することが一層、困難となっている。
これまで、USBメモリ特許は、17回にわたり、無効宣告を請求されたが、朗科社を揺るがすことができなかった。特許有効が維持され又は無効請求が棄却された。具体的な内容は、下表の通りである。
番号 | 事件番号 | 無効宣告決定番号 | 無効決定 |
---|---|---|---|
1 | 4W00568 | 口共同で審理手続を行った(10人VS. 2人)第10970号 | 特許有効を維持する |
2 | 4W00570 | ||
3 | 4W00577 | ||
4 | 4W00664 | ||
5 | 4W00904 | ||
6 | 4W00930 | ||
7 | 4W00976 | ||
8 | 4W103188 | 無効請求を撤回する | / |
9 | 4W103196 | 無効請求を撤回する | / |
10 | 4W103371 | 第25343号 | 特許有効を維持する |
11 | 4W104050 | 無効請求を撤回する | / |
12 | 4W104138 | 無効請求を撤回する | / |
13 | 4W105145 | 第31805号 | 特許有効を維持する |
14 | 4W105383 | 無効請求を撤回する | / |
15 | 4W105848 | 無効請求を撤回する | / |
16 | 4W105922 | 無効請求を撤回する | / |
17 | 4W106815 | 第36180号 | 特許有効を維持する |
上記の最初の7件の無効宣告請求は、北京華旗情報科技発展有限会社(4W00568、4W00577、4W00904、4W00976)、深圳市富光輝電子有限会社(4W00570)、艾蒙システム有限会社(4W00664、第10970号の無効宣言決定への対応)、中国電子商会(4W00930)によって、提出された。
17回の無効宣告請求の中で、旋極社は4回を占めている。成功に最も近いのは4W105848である。当時、USBメモリ特許に対応する米国の特許US6829672B1が、2015年1月27日に、米国特許商標庁によって、全て、無効と宣告された。2016年2月、米国連邦巡回裁判所は、米国特許商標庁による特許無効決定を維持する判決を下した。当該判決は最終判決である。米国の対応特許の権利請求項1は、USBメモリ特許の権利請求項1の技術的特徴を完全にカバーしている。米国裁判所は「ファームウェア」が先行技術によって、公開された詳細について、論じていないが、米国において、「ファームウェア」という特徴は、争議の焦点ではなく、一般常識であると推定できる。もう一つ成功に近い無効宣告請求は、USBメモリが、ZL00800509.5と比べ新規性を有しないと主張する請求である。然しながら、同証拠がこれまでの無効宣告審査で否定されたことがあるので、引用内容が異なっても、再審委が当該証拠を根拠に特許無効を宣告することは困難である。
二、朗科社は、特許権利侵害訴訟の常勝将軍である
朗科社がUSBメモリ特許について、提起した権利侵害訴訟事件は下表の通りである。
事件番号 | 権利侵害者 | 係争製品 | 判決された賠償額 |
---|---|---|---|
(2012)南市民三初字第71号 | 深圳市科網汇電子有限会社;南宁妙启安防科技有限会社 | USBメモリ | 25万元(科)+1000元(安防会社) |
(2012)南市民三初字第72号 | 深圳市科網汇電子有限会社;南宁妙启安防科技有限会社 | USBメモリ | 25万元(科汇網)+1000元(安防会社) |
(2014)深中法知民初字第510号 | 晶天電子(深圳)有限会社 | USBメモリ | 773万余元 |
(2014)高民終字第822号 | 北京博科思商貿有限会社;北京孔方鼎盛科技有限会社 | フラッシュメモリ | 52万元(博科思) |
(2014)高民終字第823号 | 北京博科思商貿有限会社;北京孔方鼎盛科技有限会社 | フラッシュメモリ | 32万元(博科思) |
(2015)京知民初字第280号 | 深圳市大乘科技股份有限会社;北京文峰基業商貿有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2015)京知民初字第275号 | 深圳市大乘科技株式有限会社;北京天億旭日商貿中心 | / | 訴訟を撤回する |
(2016)粤03民初54号 | 深圳市鑫金凯科技有限会社 | USBメモリ | 20万元 |
(2016)粤73民初1808-1812号(計5件) | 広東賽曼投資有限会社;広東葆揚投資管理有限会社;東莞市斯楽克電子科技有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2016)粤03民初809-812号及び1489-1493号(計9件) | 威剛科技(蘇州)有限会社;深圳前海威晟達電子商取引有限会社 | フラッシュメモリ | 訴訟を撤回する |
(2017)粤03民初1243号の三 | 惠州三星電子有限会社;九機網科技(深圳)有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2017)粤03民初2599号 | 精成科技電子(東莞)有限会社;赛孚耐(北京)情報技术有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2017)粤03民初2597号 | 深圳市速馬鉄客電子科技有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2017)粤73民初4525号 | 精成科技電子(東莞)有限会社;赛孚耐(北京)情報技术有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2018)粤03民初4085号の二 | 深圳成豊電子有限会社 | / | 訴訟を撤回する |
(2018)粤民終427号 | 广州友拓デジタル科技有限会社;杭州阿里巴巴広告有限会社 | USBメモリ | 12万元(友拓会社)+阿里2万元連帯責任 |
(2018)粤民終428号 | 广州友拓デジタル科技有限会社;杭州阿里巴巴広告有限会社 | USBメモリ | 12万元(友拓会社) |
(2018)粤民終429号 | 广州友拓デジタル科技有限会社;杭州阿里巴巴広告有限会社 | USBメモリ | 12万元(友拓会社) |
(2018)粤民終430号 | 广州友拓デジタル科技有限会社;杭州阿里巴巴広告有限会社 | USBメモリ | 12万元(友拓会社)+阿里2万元連帯責任 |
(2017)京73民初323-325及び327-329計6件 | 深圳市嘉合憶美電子有限会社;北京京東叁佰陆拾度電子商取引有限会社;美光消費製品グループ会社 | フラッシュメモリ | 6件で合計賠償:303.6万元(美光会社)+1.2万余元(嘉合憶美) |
係争製品はいずれもUSBメモリ又はフラッシュメモリである。ほぼ、朗科社が勝訴している。尚、朗科社は現在、深圳市中等裁判所、上海知的財産権裁判所、長沙市中等裁判所で、21件の訴訟を抱えている。
三、旋極社との対決で初めて敗戦を喫した
2012年5月15日、朗科社は旋極社のComyiKEY220製品がUSBメモリの特許権を侵害したとして、特許権侵害訴訟を起こした。二社の対決は八年間も続き、2020年5月19日、旋極社は遂に、勝訴判決を受けた。
IPOを申請する肝心な際に、特許権者に狙われた場合、上場準備企業は通常、以下の対策を講じることができる。1、和解を求める。2、専門機構によって、製品が特許の保護範囲に入っていないことを証明する法律意見書を発行する。3.特許無効宣告を請求する、4.会社の大株主が可能な賠償責任を負うことを保証する。
2012年5月21日、旋極社は重要事項の提示公告を発布し、ほぼ上記の全ての対策措置を講じた。結局、旋極社は2012年6月8日に上場を果たし、IPO申請は影響を受けなかった。
その後、権利侵害に該当しないことに自信を持つようになった旋極社は優秀な訴訟チームを組み、八年に亘り、十分な忍耐力を見せ、朗科社との訴訟に冷静に対応し、最終的に、勝利を勝ち取った。旋極社の重要な出来事は下記の通りである。
● 2020年04月09日
広西高等裁判所が、一審判決を撤回し、朗科社の全ての請求訴訟を棄却する(2018)桂民終720号「民事判決」を下した。
● 2018年07月09日
南寧中等裁判所が、(2016)桂01民初577号「民事判決書」を下し、旋極社が朗科社に4000万元を賠償する一審判決を維持した。
● 2016年08月12日
広西高等裁判所が、(2015)桂民三初字第76号「民事判決書」を下し、一審判決を撤回し、再審理することを判定した。
● 2015年05月15日
南寧中等裁判所が、(2012)南市民三初字第59号「民事判決書」を下し、旋極社が朗科社に4000万元を賠償すると判定した。
● 2012年06月08日
旋極社が創業ボードでの上場を果たした。
● 2015年05月15日
旋極社は重要事項の提示公告を発布し、会社の大株主と実質的支配者が、書面で、敗訴になった場合の権利侵害損害賠償、訴訟費用及び生産、経営に生じる損失を負うことを承諾した。
● 2012年05月15日
朗科社が、旋極社、中国農業銀行株式会社、中国農業銀行株式会社北海工業園支社を相手取りに、訴訟を提起し、6000万元の損害賠償を請求した。
● 2011年10月18日
旋極社が株式新規公開目論見書「株式新規公開創業ボードで上場することに関する目論見書(申請稿」を発布した。
朗科社の特許侵害訴訟及び特許許可の対象は、USBメモリ及びフラッシュメモリのような大容量メモリであり、フロッピーディスク等の代わりに使用することが出来る。旋極社のComyiKEY220は一種の知能暗号化キーであり、通常、U盾と呼ばれ、主にネット取引の安全ゲートを構築し、ネット銀行の身分検証とデジタル署名のために使用されるので、全く異なる技術分野に属する。製品の技術分野と技術の実質的特徴が異なっており、一部の特徴又は機能が類似しても、特許権侵害に該当しない。
本件の二審判決は、中国知的財産権の司法保護理念の進歩を十分に反映している。よく知られているように、特許制度がイノベーションを保護する基本理念の一つは「技術公開と法律保護の交換」であり、特許の保護範囲は特許申請書の技術的アイデアと発明者の技術貢献度に基づき、定められる。上記のフラッシュメモ及びUSBの技術発展史で示したように、朗科社はフラッシュメモリ及びUSBコネクターを発明したわけではなく、USBコネクターを利用する全てのUSBメモリ製品が朗科社の特許を使用しているわけでもない。一審裁判所は、字面通りに「記憶機能」と解釈していた。二審裁判所は、最高裁判所による司法解釈を引用し、「機能性特徴は、特許明細書及び付図で、記載されている機能や効果の具体的な実施方式と同等の実施方式に基づき、定められる。それによって、発明者の技術貢献度に基づき、USBメモリ特許の保護範囲を確定の上、U盾が、朗科社のUSBメモリ特許を侵害していないと認定した。
朗科社は、USBメモリを発明してから、特許製品が、自社に豊富な利益をもたらすだけでなく、特許運営を通じて、著作権侵害訴訟、特許ライセンス分野において、20年近く制覇してきた。なぜ、旋極社との対決で、敗戦を喫したのか?旋極社が適切な策略を運用し、迅速に反応しただけでなく、司法理念の進歩によって、技術発展史における発明者の実際の貢献を正確に確定できたことも、その要因の一つである。事実と法律の前に、不敗神話は存在しないと言える。